医事関連のテーマを中心に感じたこと、考えたことを綴っていきます

昔の方が優秀だった?【医療事務の過去と現在】

私は医療事務歴20年ほどなのですが同じ病院でも私より長い職歴の方もいますし、それこそ日本全国を見渡せば医療事務歴30年、40年の方もいるかと思います。

そういう方たちの話を聞いたりネットなどを見てみると「昔の医療事務員の方が優秀だった」という意見がわりとあります。

はたしてそうなのでしょうか。

今回は医療事務の昔と今そして未来の話をしていきます。

ごまお

優秀とは何ぞや?

昔の方が優秀だった?【医療事務の過去と現在】

結論

昔と今を比較することがナンセンス。

 

時代の変化に飛び込んでいける人こそが優秀。

過去と現在

通称レセコンと呼ばれるレセプトコンピューターが誕生したのは1970年代です。

そこから進化し1980年代より普及し始めます。

また電子カルテが日本で初めて認められたのは1999年のことです。

電子カルテもやっとそこから普及が進み始めていき現在に至っています。

2006年には厚生労働省からレセプトのオンライン請求が原則義務化されるなど普及が進んできました。

このレセプトのオンライン請求化によって一気に業務の効率化が進んだと思います。

それまでは紙レセプトが主体なので多くの作業時間が必要でした。

いわゆるレセプト期間は残業して当たり前というのはこの頃のイメージが強いです。

平気で22時、23時まで残っていましたから今思うと異常です。

ですが当時はそれが普通と思っていました。

そして実際やらなければならないことをこなしていくとそれぐらいの時間は必要でした。

このブログではたびたびレセプト残業なんて必要ない、レセプト期間でも定時に帰れるはずだという主旨の記事を書いています。

⇒⇒⇒レセプト期間でも定時に帰る方法【レセプト業務と残業】

ですがさすがにその当時に今いるとして同じように言えるかと聞かれればムリだと答えます。

しかし絶対ムリだとは思いません。

なぜなら当時業務の方法を変えてみる、試してみるということを誰もしていなかったからです。

みんなレセプトは時間がかかるもの、時間をかけるものという認識のもと1日から10日までをフルに使っていました。

そして確かに当時は査定、返戻も人の目なので何が指摘されてくるか分からず全てにおいてまんべんなくレセプトについて知っておかねばならず、歩く点数表やレセプトの鬼と呼ばれる人たちが重宝された時代でした。

そして経験が浅い者からするとレセプトとはここまで熟知すべきものなのか、これは極めるなんて途方もないな、と感じさせられたものでした。

この認識は今も同じでレセプトを極めるなんてことは不可能だと思います。

これは諦めているのではなくて2年ごとの診療報酬改定がありまた査定基準の統一化がなされていない中でおいそれと極めるなんて言葉は使えないということです。

しかしその気持ちは持ちつつレセプトには向かわなければいけません。

そして1つここで言っておきたいことがあります。

それは「医療事務は進化し続けている」ということです。

レセプト残業というのはどうしてもその当時のイメージを引きずって語られているように感じます。

はっきりいってその当時と現在とでは業務内容、手法が明らかに異なっています。

どこの医療機関でもオンライン化によって間違いなく業務の効率化はされているはずです。

昔より残業時間は減っているはずです。

それでも今なお22時、23時まで残業があるというところは明らかに仕事のやり方と当事者のマインドセットが間違っています。

もしくはその上司が無能かです。⇒⇒⇒残業が減らないのは上司が無能だから?【医療事務と残業】

そもそもレセプト残業という言葉がいまだに使われていることが間違いです。

医療事務員はレセプト残業という言葉に違和感がありません。

それが日常にある言葉のように思っています。

ですがそれは過去の言葉なのです。

そして過去の言葉としてしまわないといけないのです。

ごまお

レセプト残業は過去のもの

できることとできないこと

現在の医療事務員に必要なことは「できることとできないことの区分け」です。

違う言い方をすれば「やらなくていいことは捨てる」ということです。

逆に言うとやることには目一杯リソースをつぎこむということです。

昔の医療事務員はレセプトの手書きができ電卓を叩いて総括表も作成していた、だから昔の方が優秀。

これは考え方が間違っています。

なぜならそれを使う場面が今後一生ないからです。

使わないスキルを持っていても意味はありません。

それを習得するのに使った時間をほかのスキル習得に使った方がよっぽど有意義です。

いやいやレセプトの手書きができるということは診療報酬を理解していて点数のとり方を知っているということだから大いに意味があること、レセプトの手書きもできないようじゃダメという意見もあります。

ですがこれも考え方が間違っています。

確かに知っている方がいいとは思いますが知っているのと知らないのとでの差はほとんどありません。

これも先ほどと同じ理由で知っていてもそれを活かす場面が来ないからです。

コンピューターを100%信じていればいいんだという気はありませんが、診療報酬の点数のとり方、組み立て方を知っていて役立つ時っていつなんでしょうか。

そんなことはすべてレセコンがやってくれます。

だったらそこはコンピューターにまかせ人間でしかできない部分に注力するのが正しい努力なのではないでしょうか。

そして診療報酬の点数や算定条件を覚えているといういわゆる歩く点数表という人の価値も昔ほど高くはありません。

それはすべてググればわかるからです。

調べてわかることを覚えていることのアドバンテージはもはやありません。

これも先ほど同様覚えることに使う時間をほかのことにまわすべきです。

ごまお

固定観念は捨てるねんで

まとめ

昔の医療事務員でも優秀な人そうでない人がいたように、現在も優秀な人そうでない人はいます。

ここで昔の方が優秀だったという議論そのものが無意味です。

時代背景、環境が違うのですから比較のしようがないですし比較すること自体がナンセンスです。

大事なのは過去を肯定することでも否定することでもなく、現在をしっかり見極め未来を見すえることです。

医療事務員の何をもって優秀とするかはその判断基準しだいなので一概には言えませんが少なくとも変化を受け入れ対応しようとする人にはその素養はあると思います。

大事なのは進むことです。

失敗しても挫折してもそれでも進むことです。⇒⇒⇒挫折なしで成長なんか出来ない【倒れても起き上がればいい】

今まで現状維持のマインドでこの人できるなって思った人には会ったことはありません。

できるなって思わせる人ってやっぱりどんどん挑戦する人なんです。

医療事務はこれから先受け身の人はどんどんつらくなってくると思います。

なぜなら外側から変化せざるをえない圧力がかかってくるからです。

社会保障、医療制度が変わる→医療機関が変わる→医事課が変わる→医療事務員が変わるという流れは止めることはできません。

ですので変わるというか変わらざるをえなくなります。

これは遅かれ早かれやって来ます。

だったらそこまで待って強制的に変えられるのか、自ら変わっていくのかのどちらかです。

そして人が1番仕事でストレスを感じるのが自分で仕事をコントロールできない場合、つまりやらされる時です。

だったらやらされる時まで待つより自分でどんどんやっていった方が楽じゃないですか?

時代の変化に飛び込んでいく気持ちを持っていた方が絶対得だと思います。

ごまお

待ってたらアカン。自分から行くねん。

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