そう遠い未来の話ではない?~地域別診療報酬~

昨年の話ですが2018年6月策定された「骨太の方針2018」では「地域独自の診療報酬について都道府県の判断にする具体的な活用策の在り方を検討する」と明記されました。

この地域独自の診療報酬(地域別診療報酬)は高齢者医療確保法に規定された権限です。

高齢者医療確保法は「国民の高齢期における適切な医療の確保を図るため、医療費の適正化を推進するための計画の作成及び保険者による健康診査等の実施に関する措置を講ずる」こと等を目的に施行されました。

この高齢者医療確保法第14条では「厚生労働大臣は(中略)医療費適正化を推進するために必要があると認めるときは、一の都道府県の区域内における診療報酬について、地域の実情を踏まえつつ、適切な医療を各都道府県において公平に提供する観点から見て合理的であると認められる範囲内において他の都道府県に区域内における診療報酬と異なる定めをすることができる」こととなっており、厚生労働大臣が医療費適正化計画上必要があるときに地域の実情を踏まえて最終判断をすることになっています。

要は都道府県の判断で診療報酬を検討して良い、と定めているのです。

過去においてはこのことについて実際に検討、実施した例というのはありませんでした。

しかし、昨年の場合実際に名乗りを上げた都道府県がありました。

結局は取り下げた形とはなりましたが、これは今後に向けての序章に過ぎないと思います。

すので今回は地域別診療報酬とは何なのか、導入することによるメリット、デメリットが何なのかを見ていきたいと思います

名乗りを上げた県

地域別診療報酬については昨年奈良県が名乗りを上げました。

奈良県は2018年4月からの国民健康保険制度の都道府県化を契機に高齢者の医療の確保に関する法律第14条」に定められた「診療報酬の特例」の適用を打ち出しました。

つまり診療報酬単価(1点=10円)を一律に引き下げることを検討するとしたのです。

これは、医療費適正化計画で医療費目標を立て、国保都道府県化と地域医療構想による医療費コントロールを担わされた県が、医療費抑制を重視する国の狙いに乗る形となりました。

つまり、国が策定した地域医療構想の目標を達成できない地方に関しては点数の引き下げを考慮しなさいというメッセージに同調したのです。

1点10円じゃなくなると・・・

現在診療報酬は1点10円です。仮に一律9円に引き下げると、奈良県の医療機関の収入は10%減となる格好となります。

例えば1000万点の請求があったとすると、1点=10円ならば1億円ですが1点=9円ならば9000万円となり大幅な減収となります。

患者が移動する!?

患者側から見ると同じ診療内容でも奈良県なら10%オフという状況となります。

こうなると奈良県で受診した方が安い、と情報が広がり県境付近では患者の大移動が起きる可能性も出て来ます。

短期的に見ると患者が増えていいように思えますが、診療報酬が医療機関経営の源であるのでそれが減るのですから職員の処遇悪化を招き人材が他府県へ流出、そして経営が立ちゆかなくなるという負のスパイラルへと突入してしまいかねません。

医師会大反対

以上のことを鑑み奈良県医師会は地域別診療報酬の導入に反対する決議を採択します。

その後様々なやり取りののち12月下旬奈良県は地域別診療報酬の検討を事実上凍結とする政策協定を締結しました。

これによってとりあえずは地域別診療報酬の話は一旦なくなりました。

全くない話ではなくなった

昔は診療報酬の決定権限を都道府県が持つなどという話は荒唐無稽で現実性がないという声も聞かれましたが、それ以降国が着々と進めてきた医療政策の展開(都道府県による保険財政と医療提供体制の一体的管理システムの構築)の結果、都道府県自身が独自に診療報酬を設定したいと言い出すと所まで来ています。

つまり絵空ごとにも思えた構想がもう既に近い未来の危機であると誰もが認識したのでした。

この先

今後どこかの都道府県で診療報酬の単価が引き下げられれば、医療機関の開業、就業、患者の受療動向にも大きく影響を与え隣接県から隣接県へと全国に都道府県別診療報酬が拡大する危険性があります。

その時が国民皆保険が 保障してきた保険医療のナショナルミニマム(政府が国民に対して保障する生活の最低限度、最低水準)の終わりを告げることにもなりかねないのです。

まとめ

昨年の奈良県の話はよその県の話ではありましたが、間違いなく他の都道府県に影響を与える事項でしたので当時とても注視していました。

結果一旦凍結とはなりましたがこれで今後もうない話とはいきません。

国は医療費削減の手段として必ず地域別診療報酬の全国普及というものを目論んでいます。

昔はあり得なかった話がもう少しで実施する県が現れる所まで来たという事実で今回は御の字なのかもしれません。

今後社会保障制度がこのまま根本的な改革がなされないままならばそう遠くない将来に地域別診療報酬は導入していかざるを得なくなると思います。

社会保障をとりまく人口動態、社会保障財政などを見れば歯止めが効かず増え続ける医療費をどこかで抑制しないといけないのは明らかなです。

ですが、地域別診療報酬は医療費抑制を成しえてもそのせいで都道府県間での患者の偏りや医療機関の閉鎖、減少などを招くのならば本末転倒な訳です。

もっととれる手段はほかにもあるはずです。たとえば以前に書きました予防医療もそうです。

⇒⇒⇒予防医療に取り組もう!

このような部分にもっと国としてメッセージを込め広めいくべきです。

その意味では肥満税(BMIが基準値以上ならば税金を納める)などの案もあり得ない話ではなく真剣に検討すべきです。

それぐらいのアピールをしないと健康増進なんて広まりません。

全てとはいいませんが国民は直接自分に降りかかってくるまではどこか人ごとなんです。

財務省の息がかかった県は財務省の言いなり、厚労省も財務省の指針に大きく影響を受けるとなればおおよそ財務省が描いている将来へ近づいていくだけになります。

そこには強い医療機関だけが生き残りつぶれる所は仕方なしという合理的な論法が通ってしまう厳しい世界しかありません。

医療機関で働いている者としては今後も将来に渡って地域社会の医療、福祉に貢献していきたいですし、それが出来るような多くの医療関係者のコンセンサスが得られる国の政策を期待します。

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