タイトルだけ読むと誤解されそうなのですが、今回の内容は決して精神論を延々と語ったり、宗教じみたことを述べていくものではありません。
また松岡修造氏のように「できる、できる、できる」と熱く語っていこうともしていません。
ただ医事課においてはあまりにもできると思わない人が多すぎるのではないかと思うのです。
ハナからできないと決めつけてしまう風潮、体質。
これは医療事務特有のものなのか、どんな仕事でも共通することなのかはわかりません。
ですがもうちょっとチャレンジングにそして楽観的にとらえた方がいろいろ上手くいくんじゃないのかなって思うのです。
そんなところを述べていきます。
目次
できると思えばできる【マインドセットの大切さ】
結論
そう思えるマインドセットがあるかどうかが重要です。
できない理由を探すな
Jリーグ初代チェアマン川渕三郎氏の名言に次のものがあります。
「時期尚早と言う奴は、100年たっても時期尚早と言う。
前例がないと言う奴は200年たっても前例がないと言う。
時期尚早と言う人間は、やる気がないのだ。
恥ずかしくてやる気がないとは言えないから、時期尚早と言うのだ。
前例がないと言う人間は、アイデアがないのだ。
みっともなくてアイデアがないとは言えないから前例がないと言うんだ。
仕事ができない奴ほど、できない理由を並べたてる。
そもそも最初はできなくて当たり前なんだ。
できないことをできるようにするのが仕事と言うんだ。」
すべてはこの文章に集約されています。
つまり簡単にいえば、少しでもネガティブ発言をする人はひとかけらのやる気もアイデアもない人ということ。
思考停止状態の無能な人ということです。
医事課に限っていえばこのような人は結構どころかかなりいます。
そして病院というもう少し大きめの枠で見てもかなりの割合を占めています。
これはひとつの閉鎖されたコミュニティのたどる道ともいえます。
要するに変化したくない人たちの集まりになってしまうということです。
ひとつの村社会において外部や内部からの急な変化の働きかけは、ひどいアレルギー反応を起こします。
それこそ病院というところは理想は全体最適としながらも、実際は部分最適の集まりです。

ですので自部署が何の問題もないままここまで来ているのに、何か変化させられようとすれば猛然と反発、反対してきます。
変にいじってくるなと、波風を立てるなと。
ですが堂々と
「うちの部署は今のままでいいので何か新しいことをするというやる気なんかありません。何にも変えたくないんです。変わりたくないんです。」
とは言わないわけです。
それだと思考停止の無能ですと言っているも同然ですので。
ですのでいかにももっともらしい理由を作り出してきます。
しかししょせん思考停止の人なのでその理由は超浅いわけです。
そして前例がないからというわけのわからない理由を出してくるのです。
「前例がない」も「やったことがない」もそんなの当たり前です。
そういう提案なのですから。
現状を変えようとするならば、前例を参考にしている時点で意味がないのです。
だから試行錯誤して前例のない提案を上げてきているのに、それに対して「前例がない」と言われても「だから議題にしてるんですけど」としか言えないわけです。
つまりは川渕氏の言葉に戻るのです。
最初はできなくて当たり前。
できないことをできるようにするのが仕事、なのです。
これはこの文章だけを読んでいると何を当たり前のことを言っているんだ、と思うわけですが、現実にはこれを当たり前と思わない人が圧倒的マジョリティです。
事例が使えないのなんて当たり前
以前の記事ではあるセミナーに出席した際のとある事務部長の方の例を書きました。

その方は他院の事例紹介を受けて、自院とは規模も体制も全然違うから参考にはならないという主旨のことを言っていました。
そもそもなぜこんなことを他人に言うのかも理解に苦しみますが、この方の場合基本的にどんなセミナーにいこうが、得られるものは何もないのです。
なぜなら根本のマインドセットが間違っているからです。
他院の事例が自院で使えないなんてことは当たり前なのです。
「A病院だからできたんだ」「B病院だから上手くいったんだ」というのは当然のことを言っているに過ぎません。
事例とはそういうものです。
自院とまったく同じ規模、体制、環境、状況の他院が存在しているはずがない。
だとしたら、それらの事例から何かを得ようとするのならそこにあるポイントを抽出し、そのエッセンスを理解した上で自院に落とし込む必要があるのです。
ですので事例が参考にならないという人は、そもそものとらえ方が間違っているのです。
事例そのものを見るのではなくて、もっと俯瞰的にとらえる必要があるのです。
やはりここでも重要なのがメタ認知力なのです。

すべてはマインドセットしだい
この話はたびたびしているのですが、仕事も人生もすべてはマインドセットしだいです。
そこが変わらないことには何をやったってムダです。
だってゴールは決まっているのですから。
結論ありきで聞く話に何の意味があるのでしょうか。
堀江貴文氏はこう言っています。
突き抜けられる人とそうでない人の違いは物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。
それだけだ。
能力の差ではなく、意識の差なのである。
何事も「できる!」という前提に立って、そこから「できる理由」を考えていくのだ。
もうここのみです。
できる前提でものを考えられるか?やろうとするか?
そしてほとんどの人はできない前提で行動している。
それが現実です。
だから医事課でたった一人のできる前提の人が行動したところで、孤立してジエンドという結末にしかならないのです。
周りはそうは思っていない、というかそんなことは考えていない。
何も変えたくない、何もしたくない、そんな人が集まって組織となっています。
それはもう終わってるなって思いますか?
残念ながらこれがスタンダードなんです。
組織の中で、できる前提で動く人なんてほんの少数です。
大部分は動かない、動きたくない。
だからいまだにレセプト残業も横行しているのです。
前例がないものは変えてこなかったから。
昔のやり方にとらわれているからです。
ほんの少し「できる」という思いを持つだけでも、業務の効率化も進み、自分も楽になるのに絶対踏み込まない。
試すということすらしない。
ダメなら戻せばいいだけなのに。
何をめんどくさがっているのか?
変化しないことの方がよっぽどめんどくさいです。
まとめ
できると思えばできる。
これは思い込めということではないです。
スタート時の気持ちの持ちようの話です。
全然できていないのにいつまでも「できる」と思っていたらメタ認知が効いていません。
それだと現実と自分の想いが乖離していくだけです。
きちんと現実を見て、自分と向き合って適時修正しつつ進みましょう。
そもそも「できない」とハナから思っている人は何を大事に守っているのでしょうか。
それはよっぽど大事なものなのですか。
それは単なる保身ではありませんか。
医療事務で失敗して人命に関わりますか。
病院が倒産しますか。
病院の収益には影響するよって人、実際はそんなにあなたの影響力は大きくないです。
何が言いたいのかというと、医療事務でチャレンジすることにリスクなんてほとんどないってことです。
それよりもチャレンジすることによって得る経験の方がよっぽどお得なんです。
なにより自分が成長できる。
でもこの話自体が不毛なのかもしれません。
すべての医療事務員が成長志向だと思うなよ、そんな声すら聞こえてきそうです。
だったら「できると思えばできる」という今回の話はまったく必要ないですね。