【なぜ上司の話はコロコロ変わる?】立場が変われば考えが変わり、状況が変われば意見も変わる

仕事においても人生においても一貫性というものはとても大事です。

何事に対してもブレない。

そういう姿勢は必要ですし、そういう思考も必要です。

ですが現実問題としてそんなことはあり得ないのです。

今回は社会の理不尽、組織の理不尽に憤っていた昔の自分に対して書いていきます。

立場が変われば考えが変わり、状況が変われば意見も変わる

結論

見る角度が変われば意見も変わる。

 

それは当たり前のことなんだと受け止められるかどうかです。

コロコロ言うことが変わる上司

「そういう上司って多いよね」って話はよく聞きます。

というか私自身が今そう思われているかもしれませんが。

今回の話はポジショントークととられてしまうかもしれませんが、そうではありません。

上司の言うことがいろいろ変わるのは仕方ないんだよってことを弁護しようとしているのでは決してありません。

そもそもコロコロ言うことが変わる上司はさすがに問題です。

それではタダの自分都合で自己保身の強いダメ上司です。

言ってもそこまで風見鶏のごとく立ち位置を変えながら発言する上司はそんなにいないはずです。

でもこれはそんなにいないだろうという推測の域を出ません。

実際はそんな風見鶏上司がたくさんいる可能性だって十分あります。

しかしこの話については、いる、いないという断定表現は絶対不可能なのです。

なぜならそれは上司目線、部下目線でまったく見え方が違うからです。

まず「オレってコロコロ言うことが変わるよな」って思っている上司は一人もいません。

それどころか自分の主義主張は一貫していると思っている上司ばかりです。

部下から見ればまったく理解できませんが、その上司の中では上司なりのロジックというものがきちんと組み上がっているのです。

だから上司は何も矛盾したことは言っていないという気持ちです。

そこにロジックの破綻はないのです。

しかし、部下から見れば破綻もいいとこで、完全に真逆のことを言っていると感じるときさえ出てきます。

「以前はこう言っていたのに今回はこう言っている」

「管理職になったとたん、前と言うことが正反対」

「言うことが毎回違うから全然信用できない」

そんな感想を抱く部下は少なくないです。

なぜこんなことになってしまうのか。

それは環境や立場の変化で意見や価値観が変わることは当然あると思っている上司と、その前提のない部下との間で乖離が起こっているからです。

これはどちらが正しいのかという問題ではないのです。

どちらも正しいのです。

上司はその場その場で最善と思える指示を出す。

当然そこには以前には想定していなかった環境変化、問題要因がある場合が多い。

そうなるとおのずと前の最善策と今の最善策は変わってくる。

だから前の指示と今の指示が変わってくるのはむしろ当然。

そういうロジックです。

ですが悲しいかな、その経緯を上司はいちいち説明しないし、またそんな説明は必要ないと思っている。

対して部下は完全に受け身の状態です。

上司の指示はそのとおり遂行する。

その大まかな概要や主旨は理解していたとしても、いちいちその時々の状況変化やそれにもとづく方針の変更なんて聞くことはありません。

それは担当者の範疇を超えています。

上司の指示は絶対でそれに完全に従うのが部下の役目。

それが組織というものです。

【あえて言おう!】あなたにはピラミッド組織の一員という自覚があるか?

そうなると部下は上司の指示にしか注意がいかないし、それが絶対の指示と受け取る。

その絶対の指示が前と違うとなれば、「この上司の言うことは信用ならない」と思うわけです。

しかしこの関係は完全に立場の違いから来る見え方の違い、とらえ方の違いでしかないのです。

つまり逆の見方をすれば、言うことが変わらない上司というのは一貫性がある場合ももちろんありますが、状況変化に柔軟に対応しきれていない場合もありうるということです。

また言うことがたまに変わる上司とコロコロ変わる上司とに分かれますが、それもまた部下のとらえ方しだい。

上司をいいように思っていない部下からすれば実際はたまにしか変わっていない場合であっても、コロコロ言うことが変わる上司というレッテルを貼ってしまうのです。

結局みんな自分の主観のみでとらえ、自分流の解釈をしているに過ぎないのです。

そこにもっと濃密なコミュニケーションというか確かなすり合わせがありさえすればこの状況を改善することは可能なのですが、実際はその部分はすっ飛ばされているのです。

一理ある

自分の考え、意見に反対されると誰しもいい気持ちにはなりません。

ましてどうみても理は自分にあると思っている状況でそれを否定された日には、何か自分の人格まで否定された気分になります。

そしてへこんだり、落ち込んだりするわけです。

ですがここでこそ「立場が変われば考えが変わり、状況が変われば意見も変わる」ということを心にとめておくことです。

簡単にいえば人って気まぐれですってことです。

ものごとに絶対なんてありません。

人の考えってその時の立場、状況しだいでいくらでも変わります。

そして正解は人の数だけ存在する。

絶対的に正しい意見なんて存在しないのです。

今まで現場の大変さを訴えていた担当者が、管理職になったとたんその業務を現場担当者に平然とやらせている、なんてことは普通にあります。

それが正しいのか間違っているのか、一貫性があるのか、ないのかという議論は無意味です。

もうそういうものなのです。

昨日まではこっち側だったのに今日からあっち側の人なんてことは社会では普通にあることです。

何も目くじらを立てることではない。

だからみんながとるべきスタンスは「あなたの意見にも一理あり、私の意見にも一理ある」ということでいいのです。

ムリに相手を説得する必要なんかないし、まして論破なんてものは絶対避けるべきことです。

やってはいけない!正論で相手を論破するということ

すべて「一理ある」と思えばいいのです。

自分という生き物とそれ以外の生き物はまったく別の生き物です。

自分の価値観とピッタリ合う人なんかまあ出てきません。

そしてそれが当たり前なのです。

みんながいろんな価値観を持っているからこそ社会は多様であり活発に回るのです。

逆にみんなが同じ価値観だったら気持ち悪いです。

だから、「この人はどうしてこんな価値観を持つようになったんだろう」と考え、観察することは構わないのですが、相手の価値観を否定し、自分の価値観が正しいと主張することはただの横暴な行為なのです。

ですが社会ではその横暴な行為が結構まかり通っています。

「常識的に見ればこうでしょ」とか「普通はこうすべきなんじゃないの」とかいうたぐいのことです。

多くの人が当たり前のように口にします。

ですがそこで気づくべきなのです。

それはあなたの価値観においてだということをです。

あまりにもこの不毛な議論をしている人が多すぎる。

「私間違っていますか?」とちょっとキレながら聞いてくる人がたまにいますが、その考え方自体が間違っています。

「価値観が違うから意見も合わないですね」でいいのです。

それで終わりです。

そして自分とは違った価値観を否定せず、「それも一理ある」と思えたときこそが成長できるタイミングなのです。

この「一理ある」というとらえ方はとても大事です。

価値観は互いに認め合うものであって否定しあうものではありません。

相手を否定したり、言い負かしたりすることで得るのは刹那の優越感だけであって、自分のメリットになることなんか1つもありません。

だったらそんなことはやめた方がいい。

まずは相手を承認すること、そしてなぜ自分と意見が異なるのか、反対するのかということを知ろうとする気持ちが大切です。

そのためには常に「一理ある」という考えを手元に置いておく必要があるのです。

まとめ

立場が変われば考えが変わり、状況が変われば意見も変わる。

人の価値観は多種多様。

この2つを当たり前ととらえることができれば、組織にも上司にも憤ることはなくなります。

上司の意見が変わるのは当たり前、自分の意見に否定的な人がいるのは当たり前。

これってよくよく考えてみれば、すごく普通のことを言っています。

だってみんな人間なんだもん。

でもこれを普通のことと思えなくなっているってことは、私たちは変に人に期待しているからなのです。

変に他人の理想像をいいように描きすぎなのです。

だからそうでなかったときにショックを受けるのです。

失望するのです。

でもそれは勝手にハードルを上げてものごとを見ているあなたの責任なのです。

人ってそんな出来のいいものではないですよ。

薄皮ひとつむけばみんなクズですよ。

言い方は悪いですがそういうことです。

だから逆に私はみなさんを尊敬します。

よく他人にそこまで憤れるなあって。

よくそこまで他人の価値観を否定しにかかれるなあって。

そんなのは労力のムダとしか思えないのです。

だって正解がないのですから。

不毛なだけ。

私はある意味において人には期待していません。

だって自分でコントロールできる範疇のものではないから。

こうあってほしいとは思いますが、そうならなかったとしてもそれはそれとしてありのまま受け止めます。

でも多くの人は自分の思うようにいかなかった場合に怒り、責める。

「なぜできないんだ」と。

でもそれは人に期待しすぎた反動でもあるのです。

管理職として人に期待しないってどうなんだ、とお叱りを受けるかもしれませんが、誤解しないでほしいのですが、期待しすぎないってことです。

部下を叱っている人を見ていて思うのが、あまりにも主観的で、あまりにもハードルを上げすぎています。

それでできなくて叱られてたんじゃ部下もやってられません。

よくよく周りを見てみると、ほとんどの人が自分視点だけなんです。

メタな視点がある人はホントに少ない。

これはうちの職場がそうなのか、病院組織がそうなのかはわかりませんが、職場をカオスな状況に持って行ってしまっている一要因であることはたしかです。

そして結局いつのも結論に帰結します。

やはり身につけておくべき最重要スキルはメタ認知力なのです。

【スキルは身を助ける】最強スキルはメタ認知!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。