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あなたは一生そこにいるつもり?【組織という名のムラ社会】

日本中どこを見渡しても基本的に組織というのはムラ社会です。

善くも悪くもムラ社会。

今回はそのムラ社会について話していきます。

あなたは一生そこにいるつもり?【組織という名のムラ社会】

結論

僕は一生はいない。あなたはどうですか?

ムラ社会

病院は基本的にとても保守的なところです。

それにつけて僕のところのような地方の病院では雇用の流動性は低く、組織は極めて閉鎖的な空間になりやすいです。

しかし不思議なことにその中にいる人たちはそのことをあまり意識していません。

いや実際はバリバリ意識している人も中にはいるのかもしれませんが、外からはそうは見えません。

そもそもムラ社会という概念がないようにすら映ります。

おそらく新卒で入職してずっと当院で働いているという人や、中途採用であってももう10年以上働いている人にとっては、ここがムラ社会であることが普通であり、普通であるからこそ意識することもないのでしょう。

一般的にムラ社会とは閉鎖的な組織、社会をたとえているマイナスイメージの言葉です。

ですがずっとそこにいる人にとってはそこが自分にとっての唯一の社会であり、拠り所です。

そしてなじんでしまえば、これほど生きやすいところはないのです。

要はそのムラのルールにのっとり、波風を立てなることなく過ごしていればとても心地よく安定した生活が送れるということです。

逆にいえば、気持ちよく生活したければ波風は立てるなよ、ということです。

ですので基本的にムラ社会は変化を嫌います。

新しい風が吹くことを良しとしません。

よって外からの新参者には最初明らかに拒絶感を示します。

「いやそれは言いすぎだろう、誰情報ですか?」と思われるかもしれませんが、これは僕情報です。

僕は15年前に今いる病院に転職してきました。

僕もそれまでは組織に対してムラ社会という考えをあまり持ってなかったのですが、外部から一個人として入ってきたときそのことを強く認識しました。

ああ、ここはムラ社会なんだなと。

閉鎖された1つのコミュニティなんだなと。

これは中にいる人は絶対わかりません。

外側から見ないとそのコミュニティの特殊性には気づかないです。

僕が転職してきて最初最も苦労したところがその部分です。

ただでさえ、コミュ障なのに周りの受け入れ感はゼロ。

上手くいくはずがありません。

ホントに苦労したのがここのルールがわからないこと。

社会の正解ではありません。

この病院での正解です。

そしてえてしてその正解は僕たちが思っている一般社会の答えとはだいぶズレているのです。

ここでしか通用しないルール、掟、常識そこを理解するにはかなりの時間を要しました。

ですが理解はしても納得はしていません。

あくまでムラで生きるために身につけたというだけです。

そして日本全国いかなる組織においてもそういうことってあると思います。

そのムラで生き抜くための、そのムラでしか通用しない特有のルール。

そこを守らなければそのムラでの居場所を失う。

だからみんな必死でそのルールに従う。

しかしそれはもはやルールではなくて同調圧力です。

自分を殺して空気を読み周りに合わせることは組織に属している以上当然のこと、そう割り切っている人ならいいですが、そこに大きなストレスを感じている人がいることもまた事実です。

伏魔殿

昔、当時外務省大臣だった田中真紀子氏が「外務省は伏魔殿」と発言していましたが、あれこそムラ社会の典型でしょう。

空気を乱す者を敵視し、集団になると個人の倫理観など捨てて組織の秩序を守ろうとし、たった1人を一斉に攻撃するそんな世界。

まさに伏魔殿のようなところなのでしょう。

そしてこれは人ごとではなく、病院組織も同じく伏魔殿のようなところなのかもしれません。

病院組織が一般企業組織と完全に違うのが多職種が混在した中で成り立っているというところです。

そしてその中では明確なヒエラルキーが存在します。

病院内ヒエラルキーと医療事務【医事課の役割とポジション】

ですので病院全体として大きなムラ社会があり、各部門ごとにも小分けなムラ社会があります。

その縦の関係、横の関係が絶妙なバランスで押し引きしながら成り立っている組織、それが病院です。

ですので医事課を例にすれば、そこは2重のムラ社会なのです。

病院全体のルールが存在し、医事課独自のルールも存在する。

そしてそれらは一般の正解、正義からはかけ離れている場合もある。

でもそこで村八分にされないためにとるべき選択肢はその一般からかけ離れた答えだったりするわけです。

もしそこで一般常識にのっとって、ただただ正論を主張するという行為に出てしまうと、下手すると袋叩きにあう可能性もあります。

ですので一介の医事課員が病院組織で生き抜こうとするのであれば、ヒエラルキーに従い、ムラの掟に従い、しきりに空気を読むという動作を繰り返す必要があるのです。

でもそれで一体何が得られるのでしょうか?

そんな息苦しいところに居続けることに何の意味があるのか?

みんなそう感じていてもそこからは抜けられない。

居場所がなくなることが怖い。

結局みんなそこが伏魔殿とわかっていながらも残り続けるのです。

まとめ

僕はムラ社会の善悪の議論は意味がないと思っています。

組織はムラ社会であるということを理解し納得してそこに所属しているのであれば、その人にとってはそれが最善の選択なのでしょう。

ですが他者を批判し、全体最適な行動がとれないくせにムラ社会に属しているのであればそれは矛盾しています。

院内評論家はいらない!【医療事務仕事論】【病院組織】全体最適はただの理想論です【ホントは部分最適の集合体】

他者批判に終始し、個人最適を貫こうという人は起業してください。

そんな人は組織に属していてはダメな人です。

でも現実は組織に属していてはダメな人がこぞって組織に所属しているわけです。

みんな適度にガス抜きし、自分に折り合いをつけながら、この先もムラ社会で生きていこうとしているのでしょう。

別にそれを批判する気はありません。

それも1つの人生です。

ですが職場での価値観だけに縛られてこの先ずっと行くのも結構なリスクだと思います。

井の中の蛙になることはもちろん、判断軸がそこにしかないといつかどこかで行き詰まります。

あなたの市場価値は高いですか?【井の中の蛙大海を知らず】【その職場では井の中の蛙】医療事務員のレンタル移籍制度をつくろう!

そして歳をとったときにもう成長しなくなります。

歳とったときの成長なんてもう必要ないという人ならそれでいいですが、僕はそんな人生はイヤです。

組織に居続けてももちろん成長はできるとは思いますが、そのムラ社会じゃない他の世界も経験したいと強く欲する自分がいます。

組織でいるからこそ学べることもあれば、組織でいるから学べないこともあります。

どちらを重くとらえるかはそれぞれの価値観しだい。

あなたはどっちですか?

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