今週のイチオシ記事 → 【管理職の憂鬱】医療事務員のモチベを上げるなんて無理ゲーです

あなたにはホスピタリティ精神があるか?

以前に「患者と医療事務員の非対称性問題」という記事を書きました。

【解決策は何?】患者と医療事務員の非対称性問題

そこではホスピタリティ精神を失った医療事務員と患者との問題について考察しました。

今回はそもそもホスピタリティってなんだ?という原点に立ち戻ってもう一度この問題について考えていきます。

あなたにはホスピタリティ精神があるか?

結論

もう一度原点に立ち返りましょう。

ホスピタリティとは

まずは基本中の基本、ホスピタリティの意味を確認しておきましょう。

「ホスピタリティ」の語源は「客人の保護者」という意味を持つラテン語「hospes=ホスピス」(または、hospics=保護する)と言われています。

「ホスピス」とは昔、巡礼などに旅立った人が途中で病気や飢えで倒れた際に修道院で看護を行うことを指す言葉でした。

体調を崩した人の手当てをすることを総称して「ホスピス」と呼んでいた背景から「心を込めた厚意」「手厚い看護」などの意味が転じて「おもてなし」となったのが「hospitality」です。

ちなみに「hospital=病院」も「hospes」から派生した言葉となります。

よってホスピタリティは意味としては「相手への心からのおもてなし」「思いやり」「手厚い接待」などになります。

もともと「もてなしの心」そのものを指し、相手にとって心地よい行動やサービスそのものを意味する言葉です。

また、おもてなしや思いやりのほかに類語としては「厚遇」「歓待」「心遣い」「気配り」などが挙げられます。

サービスとホスピタリティ

接遇研修などでは冒頭に講師の人が「サービスとホスピタリティの違いとは何ですか?」というシンキングタイムを設けることがあります。

こう問われて即座に返答できる人はおそらく全体の2割もいればいい方でしょう。

それくらい僕たちは普段サービスとホスピタリティの違いについて考えていません。

というかホスピタリティとは一体どういったものなのか?という問いすら持てていないのでしょう。

ですのでサービスとホスピタリティの違いを聞かれてもその違いが答えられないでいるのです。

「だいたい同じ意味じゃない?」と思っている人はそもそもホスピタリティの概念を理解していないということなります。

この2つは似ているようでまったく異なる2つなのです。

まずサービスは、サービスを受ける側と提供する側の主従関係がはっきりしています。

主(サービスを受ける人)は従(サービスを提供する人)からサービスを受けても当たり前のようになっています。

またサービスを提供する側は相手に尽くし役立つことを目的としており、それに対する対価をもらう場合もあります。

一方、ホスピタリティはおもてなしという考えが根本にあるため、相手の要望にただ従うのではなく、相手に喜びを与えることが行動の中心となっています。

対価や報酬のことは考えず、相手に喜んでもらい、その喜びが自分に伝わり、さらには相互に心地よい状況を作ることができます。

違う表現で簡潔に言えばサービスとは「全ての顧客に対し均一な対応を提供すること」ホスピタリティとは「目の前にいる相手の状況によって応対を変化させること」と言えます。

サービスのメリットはある一定満足レベルの対応を「いつでも」「誰にでも」「均一」に「公平」に「たくさん」提供できることです。

それに対してホスピタリティは目の前にいる「あなただけ」に「より最上」を提供します。

ホスピタリティ精神が減少していく医療事務員たち

ホスピタリティとは「目の前にいる相手の状況によって応対を変化させること」と言いました。

そして医療事務員として受付業務をする人たちは新人の頃は間違いなくホスピタリティ精神に溢れています。

でもその後はそのままホスピタリティ精神を維持する人とホスピタリティ精神が減少していく人とにわかれます。

なぜ減少していく人がいるのか?

最初は誰しもきちんと患者のことを考え、その立場に身を置き高いホスピタリティ精神を持っています。

ですが現実はそんなこちらの思いが通じず、話をきちんと聞いてくれなかったり、自己中な発言を繰り返す患者がいるのも事実です。

クレームが来ない受付窓口なんてありません。

多かれ少なかれ日々クレームは来ます。

そのような患者の応対を何度も何度も繰り返していれば、ホスピタリティ精神が徐々に減っていく人が出てきても不思議ではないのです。

そこで無力感を受け、無気力を学習していく人が出てくることは事実なのです。

そしてまたそこには「通院というできごとの非対称性」問題が存在します。

つまり、受付にとっては「患者が通院してくるというできごと」は「日々、数分単位で繰り返されるオペレーション」であるのに対して、患者にとってそれは「当事者意識の強い、一回性の、しかもネガティブなできごと」であるということです。

また、いくら「目の前にいる相手の状況によって応対を変化させること」がホスピタリティの基本と教わっていても、目の前の相手がこちらの話を一切聞かず、自分勝手な主義主張を繰り返すだけならば、応対を変化させることはとても困難です。

さらに、患者が多ければ多いほど受付側としては患者をさばくことに必死になります。

いくらホスピタリティが大事と言われても、そもそも受付前が人でごったがえし、受付の機能が十分発揮できていなければホスピタリティ以前の話になってしまいます。

ですのでホスピタリティ精神が減少していく医療事務員たちにもそれなりの理由は存在するのです。

まとめ

とはいっても、ホスピタリティ精神が減少していく原因をほんとに外部要因として結論づけている受付の人がいるのならば医療事務員失格です。

以前の記事にも書いたのですがここで一番大事なことはメタ認知です。

自分を俯瞰して見ることです。

つまり患者からは自分はどう見えているか?という想像力が働かせられるかどうかってことです。

もっと詳しく言えば、応対のときの声の調子、表情などです。

本来医療機関とは病んだ人が来るところです。

ですので健康な人よりも、精神的にも肉体的にも持っているセンサーは敏感になっています。

よって安心できる心地よさは非常に重要な要素なのです。

患者側からすればすごく重要視しているところを僕たち医療機関側の人間は軽視していないか?ということです。

「当事者意識の強い、一回性の、しかもネガティブなできごと」を単なる日々の業務として処理してしまっていないか?ということです。

病院がなぜ「ホスピタル」と呼ばれているか、「ホスピタリティ」ってどういうことなのか、もう一度しっかり考えてみることも必要なんじゃないでしょうか。

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