【そんなの美徳なんかじゃない】仕事で自己犠牲の精神をやめる3つの方法

自己犠牲は尊い、美徳である、日本にはそんな文化、風潮があります。

たとえば映画などでそのようなシーンを見ればたしかに感動することもあるかもしれません。

ですが、もし仕事上でそんな場面があるとすればそれは感動とは真逆の悲惨な状況になっていることは間違いありません。

そんなのは美徳でも何でもなく、ただ自分を傷つけている行為にすぎないのです。

今回は「自分さえ我慢すれば」と無理矢理自己犠牲の精神に自分を縛っている頑張り屋さんに向けて書いていきます。

【そんなの美徳なんかじゃない】仕事で自己犠牲の精神をやめる3つの方法

結論

自己犠牲の精神をやめるためには

 

・嫌われることを恐れない

 

・評価を求めない

 

・してもらうことに慣れる

 

の3つを意識しましょう。

自己犠牲的なギバー

自己犠牲と聞いてある本を思い出しました。

それはアダム・グラント著GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代という本です。

Give & Takeというと誰かと仕事や感情などのやりとりをすると必ず生まれる関係性のことです。

そのGive & Takeの関係について組織心理学の専門家である著者がさまざまな研究やデータをもとにして書いたのが本書です。

そこにはギバー、テイカー、マッチャーという3者が紹介されています。

本書では誰しもがこの3つのどれかに当てはまるとしています。

ギバー(giver)

文字通り「与える人」であり、ギバーは自分の持っているものを人に与えることを惜しまない利他的な人です。

困っている人がいたら自分には特に利益が無くても助けてくれます。

そして社会全体でもっとも経済的、精神的に豊かで幸せに成功している人はギバーだという調査結果が出ています。

しかし反対に社会全体でもっとも経済的、精神的に貧しく不遇な人もギバーだという結果も出ています。

テイカー(taker)

これは「take(受け取る)」という文字を使っている通り、人から受け取りたがる人、与えずに自分ばかり欲しがる利己的な人です。

テイカーはつねに自分の利益や得を優先し権利ばかり主張します。

自分が損をすることなど一切考えない、自分の手柄にすることに躍起になる人たちです。

マッチャー(matcher)

これは「マッチ(match)」=合わせるという言葉のとおり、「ギブ(与える)」量と「テイク(受け取る)」量の帳尻を合わせようとする人です。

「自分がこれくらいしてあげたんだから、これくらい受け取ってもいいだろう」「あの人は自分に何もしてくれてないから今助けてあげる義理はない」などとても打算的な人です。

ほとんどがマッチャー

著者の調査によると職場ではほとんどの人がマッチャーのタイプになるそうです。

著者によると3つのタイプは1人の人間が1つのタイプだけ持っているわけではなくて、その人が置かれる状況や役割によってタイプが変化していくのだそうです。

多くの人は家族にはギバーとなるし職場ではマッチャーになるというのはなるほど当然のようにも思えます。

頂点のギバーと最下層のギバー

先ほど社会全体でもっとも経済的、精神的に豊かで幸せに成功している人はギバーで反対に社会全体でもっとも経済的、精神的に貧しく不遇な人もギバーだという結果が出ていると言いました。

これはどういうことかと言えば2種類のギバーはギバーといっても根本的な考え方がまったく違うのです。

つまり、利他的なのに貧しい不遇なギバーは自己犠牲的なのです。

そのようなギバーは無償で奉仕しているという自分に満足しているだけの自己陶酔人間なのです。

反対に豊かで幸せに成功しているギバーはもっと打算的なのです。

自分は得をしないが周りは得をするという方向ではなくて、自分も得をし周りも得をするというような方向を目指すのです。

ですのでどのタイミングで誰に貢献しその結果何を得るのか、何を達成するのかをよく考えているということです。

同じギバーでも根幹をなすマインドが正反対なのです。

仕事上でのギバー

ここで本題に立ち返ると仕事上ギバーとしてやっていくのであれば、利他的であっても自己犠牲的であってはダメなのです。

それはすなわち最下層のギバーになってしまうということなのです。

自己犠牲的なギバーは敵を作らず人当たりのいい優しい人ではあるのですが、精神的にも金銭的にも最底辺のギバーとなってしまうのです。

これはそういう人も中にはいるという話ではなくて、完全なる結論です。

であるならば自己犠牲に酔っているだけでは何も報われず、何もなし得ないのです。

仕事で自己犠牲を払うことには何のメリットもないということです。

なぜ自己犠牲的なのか?

そもそもそういう人はなぜ自己犠牲的なのでしょう。

その人たちの特徴というのは割とはっきりしています。

・真面目で責任感が強い

 

・頼まれると断れない

 

・承認欲求が強い

 

・人に仕事を任せられない

このような人は高い確率で自己犠牲的な働き方をしてしまいます。

自分ではそんな働き方は求めていないのに、どうしてもそうなってしまっている。

そしていつのまにか自分の負荷ばかりが増していき、最悪の場合はつぶれてしまう。

この人たちは人柄という点では素晴らしい人たちです。

平和主義でとても他人に優しい人たちだと言えます。

ですが仕事というフィールドの中で見たとき、この人たちは非常に損な役回りを担っているのです。

お人好しの域をはるかに超えてしまったある意味バカな人たちと言えます。

口が悪くてすいません。

でも本当に仕事っぷりがバカ正直すぎるのです。

だってそこには何のメリットもないわけですから。

あるのは本人の美徳感のみです。

自分の身を削って誰かのためにという行為は人からは良く見られるでしょうが、自分の利益になることは何もありません。

また自分さえ耐えればこの急場は凌げるというような考えでは短期的には乗り越えられたとしても長期的にはもちません。

職場ではテイカーな人は迷惑ですが実はこの自己犠牲的なギバーも同じぐらい悪影響です。

なぜなら組織の成長には何の貢献もしませんし、自分の成長もないのですから。

たとえば、医事課の主任が自己犠牲的なギバーだったとしましょう。

そうするとどうなるか?

上司から下りてくる仕事はそのまますべて自分で受け、部下に任せるということを一切しません。

その結果自分の仕事量だけがふくれあがり、自分だけが疲弊することになります。

そしてその部下は何の経験値を積むことなく成長することもありません。

この主任が行っているのは単なる自己陶酔な行動にすぎないのです。

そして自分では一生懸命頑張っていると思っていても周りの評価は自分が思っているほど高くありません。

むしろ仕事を抱え込む人、囲い込む人として認知され、さらに人を育てることができない人と見られます。

ですので自己犠牲的な働き方は百害あって一利なしなのです。

でも誤解しないでほしいのは他人のためになど何もするなということではありません。

自己犠牲という方法はとらない方がいいと言っているのです。

組織なのですから自分が貢献することにより組織が良くなり、自分が困った時には組織がフォローしてくれるという関係が機能してこそ前へと進んでいきます。

だから真面目で責任感が強い貢献的な人であることはとても素晴らしいことです。

ただその方法はもっと他にもあるだろうってことです。

自己犠牲の精神をやめるために

だったら自己犠牲の精神を捨て去るにはどうしたらいいのか?

そこで自己犠牲の精神をやめるためには次のことを意識しましょう。

・嫌われることを恐れない

 

・評価を求めない

 

・してもらうことに慣れる

「嫌われることを恐れない」と「評価を求めない」は要は同じことを言っています。

アドラーの言う課題の分離です。

つまり、他人はコントロールできないってことです。

だから周りを気にするだけ無意味、損ってこと。

そりゃ誰だって人からは良く思われたいって思います。

でもそんなの全員からなんてムリに決まっています。

自分に好意を抱いてくれる人もいれば、自分のことを嫌っている人だって必ずいます。

だからそこに気をもむことは時間のムダです。

嫌われないように自己犠牲を払うなんてバカげています。

だってそんなことは不可能なのだから。

そして周りに評価を求めるということも同様です。

自分の評価なんて周りが勝手につけるものであって、自分が周りに求めるものではありません。

これもまた「評価されたい」と思って自己犠牲を払う行為は無意味なのです。

結局仕事において自己犠牲的な行動はなんのプラスにもならないってことです。

目指すべきは相手とのWin-Winな関係です。

自己犠牲的な人はもっと打算的になった方がいいのです。

そうでないと長期的に見れば確実にあなたがつぶれます。

自己陶酔することだけはやめておきましょう。

そして自己犠牲的な人が意識すべきもう1つの点は「してもらうことに慣れる」ということです。

真面目で責任感が強い人というのは、この他人にしてもらうということに全然慣れていません。

とにかく今まですべて自分でやってきた人ですので。

ある意味では他人を信用していないとも言えます。

頼れるのは自分だけ。

自分でやった方が早い、自分さえ耐えればそれでいい。

そんなマインドに凝り固まっている可能性大です。

ここでは考え方を根本から変えることが必要です。

「自分でやった方が早い」

ホントにそうですか?

それは今、この状況においてこの瞬間に限ってのことでしょう。

今めちゃめちゃ時間がかかったとしても後輩にやり方を教えておきさえすれば、次同じ状況に直面したときはもうその後輩に任せられます。

そしたら自分でやるよりもっと早いわけです。

してもらえるのですから。

「自分され耐えればそれでいい」

そう思い続けて何年経ちましたか?

それで状況は良くなりましたか?

耐えてよく頑張ったなとほめてくれるのは自分だけです。

周りにとってはそんな頑張りは知ったこっちゃねえこと。

自分を美化したところで無意味。

そのことに早く気づきましょう。

まとめ

仕事において自己犠牲は尊いもの、美しいものなんかじゃないです。

そう思っているのは自分だけ。

そこには損しかないのです。

真面目で責任感が強い人、あなたはもっと打算的であっていい。

ずるはダメですがずる賢さは身につけておいた方がいいのです。

今のこの仕事をこの先もずっと続けたいのであれば。

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