昔から「努力は必ず報われる」というフレーズがありますがこれは果たして医療事務には当てはまるのでしょうか。
そもそも努力は必ず報われるのでしょうか。
今回はここにフォーカスします。
目次
努力は必ず報われる?いや、報われない?【努力の仕方、考え方】
結論
努力に見返りを求めてはいけない。
努力は報われる?
一次的コントロールと二次的コントロール
社会心理学の用語で一次的コントロール、二次的コントロールという言葉があります。
簡単に説明しますと次のようになります。
一次的コントロール → 困ったことがあれば自分の努力によって環境を変えようとするタイプ
二次的コントロール → 困ったことがあれば自分の認識を変えて環境に適応しようとするタイプ
これに対する科学の結論は幸福感を得るにはどちらの要素も必要だということです。
研究者は次のように述べています。
人生の幸福感を得る為には一次的コントロールだけを強調するのはよくないことで周囲の環境に適応していくのも重要な戦略。
仕事でも人生でも自分でコントロールできない状況は多い。
しかし自分の反応ならコントロールできる。
つまり二次的コントロールは決して後ろ向きな行為などではなく、ネガティブな体験をより広い視点から見直す積極的な手段なんだということです。
他人の立場を受け入れられれば衝突の解決にも結びつくかもしれません。
少なくとも上司や同僚に対してもっと生産的な態度を取れるようになるであろうということです。
たとえば、上司にいつも怒られている人がいるとした場合一次的コントロールを使うとこうなります。
「ああこれは自分がダメだから怒られるんだ。もっと努力をして頑張らなければならないんだ。」
そして自分が疲弊していきます。
ですがここで二次的コントロールを使うとまるで違います。
「これはモラハラであり上司が悪いんじゃないのか、自分が悪いんじゃない。」
こうして自分の認識を変えることによって上司に対して毅然とした態度をとれるようになり結果として怒られるケースが減るということもあります。
一次的コントロールと二次的コントロールはどちらがいい、悪いということではなくて使う場面とバランスが大事となります。
努力が足りない
努力が報われないのは努力が足りないからだ、という言い回しはよく聞きます。
これはいわゆる努力至上主義ってやつです。
これは私より上の世代ではかなりの割合でいます。
すべて間違いとは言いません。
ですががむしゃらに頑張れば報われるなんて幻想です。
そもそも努力の投入箇所が誤っているのです。
私が若い頃はまだ電子請求なんてありませんでしたのですべてが紙の時代でした。
レセプトチェッカーなんてものは当然ないのですべて人の目で見るわけです。
当時わからないながらも必死で1日中レセプトと格闘していました。
ですがやはり返戻、減点は出てきます。
その時言われたのが
「返戻、減点があるのは能力がまだ足りていないから。能力が足りていないのは経験が不足しているから。経験が不足している原因は点検量が不足しているから。」
ということでした。
言われている意味はわかります。
ですがその結果どうなったかというと、翌月から点検量が倍になりました。
まずは量をこなして経験値を上げろというわけです。
しかしこれは明らかに報われない努力、もしくは効率の悪い努力です。
努力の投入箇所が誤っています。
返戻、減点をなくすには査定の傾向を分析しその対策を考えることが先決なのです。
何が最近の査定のトレンドか、必ずチェックされているところはどこか、ということに目を向けないといけないのです。
でないといくら経験値を上げたとしても結果は変わりません。
これだとまさしく努力しているのに報われないというパターンにはまっているのです。
正しい努力
ダルビッシュ有投手の言葉に次のようなものがあります。
練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ
これはさっきの話の努力の投入箇所というのと同じ意味です。
漫然とする練習、努力には意味がない、考えてする練習、努力に意味があるということです。
ですので努力が正義ではないのです。
正しい努力だけが正義なのです。
努力している自分
「自分は努力している」
この考えは持つべきではありません。
なぜなら正しい努力をしている人はあまり努力を努力とは感じてはいないからです。
正しい努力の場合目標が正しいため、ひとつひとつの目標をクリアすることで目的に着実に向かっている感があります。
目標は自分の実力よりもやや上に置くことで達成できることもあれば、できないこともありますがそのこととは別に目的に向かっている感、正しい道を進んでいる感はあります。
ですのであまり努力を努力とは感じないものなのです。
対して自分はこれほど努力していると思っている人は、ムダな努力をしている可能性があります。
ムダな努力をして成果が出ない状態をある意味正当化するために自分はこれほど努力していると強く思い込むのです。
ですので自分は努力していると思う人ほどムダな間違った努力の可能性が高いのです。
努力のとらえ方
そもそもなんですが多くの人が努力に期待しすぎです。
努力することは素晴らしいことですしそれを否定なんてしません。
ですがちょっと努力に身をゆだねすぎなのではないでしょうか。
高すぎる目標設定をして努力の結果達成できなかったら自分がひどく傷つきます。
一次的コントロールと二次的コントロールのところでも述べた通り努力でなんとかなる場合は一次的コントロールでいいのですが、なんとかならない場合は二次的コントロールを使うべきなのです。
そういう意味ではどう見ても努力が報われないと感じるのならば一旦その努力をやめてみることも必要です。
そしてもう一度自分を外側から見つめ直して再評価すべきなのです。
こういう話の流れだとやはり当ブログではお決まりのメタ認知が大事という答えにたどり着きます。
ただ今回はそれにプラスして課題の分離も大事です。
ここから導き出される答えはシンプルです。
努力と周りの人間、環境には何も期待するな、ということです。
努力が報われないといって嘆くのは努力は報われるものだと期待しているからです。
また、これだけ頑張っているのになぜ認めてくれないんだという周りへの期待を自分で勝手にしているからです。
その考えになってしまうのはメタ認知が効いていないのと課題の分離ができていないからです。
自分を客観視できて、かつ、努力が評価されようがされまいがそれは他人の課題であって自分の課題ではない、という考えにたどり着けば努力が報われる、報われないなんてことを考える事自体に意味がないということに気がつくはずです。
これらのことを分かりやすく明石家さんまさんが言っています。
努力は報われると思う人はダメですね。
努力を努力だと思ってる人は大体間違い。
好きだからやってるだけよ、で終わっといた方がええね。
これが報われるんだと思うと良くない。こんだけ努力してるのに何でってなると腹が立つやろ。
人は見返り求めるとろくなことないからね。
見返りなしでできる人が一番素敵な人やね。
努力の仕方
報われようが報われないが努力は日々すべきものです。
ですが上記で述べたようにムダな努力、間違った努力というのは確かにあります。
ここからは仕事に関してそこにはまらないようにするためにはどうすればいいのかというところを考えます。
1.完璧主義はやめる
正確性は大事、でもスピードも大事、しかもマルチタスクというのが医療事務です。
もちろん業務によってはスピードはいらない、正確性を最重視、そしてシングルタスクという業務もありますがここではよけておきます。
まずつねに意識しておかなくてはいけないことはムダな努力をしたくなかったら完璧主義にはなるな、ということです。
それは完全なひとりよがりな仕事になってしまうからです。
医療事務はチーム業務です。
自分ひとりで始めて自分ひとりで完結する仕事なんてありません。
ならば自分視点の仕事をしていては周りには悪影響なのです。
そもそも完璧なんてない、そして正確性と同等にスピードも重要ということを理解して完璧主義ではなく完了主義になるべきなのです。
とりあえずとっとと終わらせる、これだと努力はムダにはなりません。
たとえムダだったとしても損失した時間の被害は最小限で収まります。

2.つねに今のやり方が最善かチェックする
今行っている自分の努力が正しいとは限らないという前提を持っておくことが大切です。
そうすることでもし間違った努力をしていることがあればすぐに修正をかけることができます。
昔から引き継いできた業務マニュアルをよく検証してみたら今使っているシステムではいらない手順が入ったままだったとか、なぜだかわからないが前からしているのでそのまま踏襲しているなんてことはいまだによくあります。
その通りにしていたらまさしくムダな努力となってしまいます。
大事なのは思考することです。
つねに自己フィードバックとアップデートをかけるということです。
仕事に入る前にその仕事に対しての努力の投入箇所を明確にするということです。
患者満足度の向上を目指すのならば膨大なアンケート集計ばかり積んでいっても意味はないわけです。
どの項目が全体への影響度が高いのか、効率的に上げていくにはどこに着目すべきかというような分析と対策が最重要なのです。
そこに投入すべき努力を集計のみに投入しているのであれば報われなくて当たり前なのです。
また、インシデントを減らそうと頑張って分析と対策を立てたまではいいが、それがPDCAやPDRとしてきちんと回っているのかという検証がなされていなければいくらいい対策案をどんどん出したとしてもインシデントは減らないのです。

どの部分にリソースを突っ込むのかという的確な判断が必要なのです。
まとめ
努力って言葉は都合のいい言葉です。
これを出すことによって自分を正当化できてしまいます。
ですが努力と使っている時点で努力を特別視しているのです。
努力は特別なものではありません。
やろうと思ってしているのは本来意味する努力ではありません。
それは自分を納得させている言葉に過ぎないのです。
本来の努力はあとになってわかるものであって、その瞬間は努力とは意識していないものなのです。
その意味では「努力は必ず報われる?いや、報われない?」という今回のタイトルは愚問なのです。
意味がないのです。
医療事務は患者さんの役に立ち、法人の役に立ち、他の部署の役に立つという仕事のやりがいが超つまったいい仕事だと僕は思っています。
その中で日々出てくる課題、難題、クレームやつねにアップデートが必要な診療報酬の知識、あらゆる人間関係など学ぶところは多岐に渡ります。
ですがそれを努力でなんとかしようと考えている時点でムダな努力の可能性が高いのです。
それを努力ではなく日々の的確な目標設定、タスク管理によってさも当然のように粛々とこなしていけてこそ真のプロフェッショナルな医療事務と呼べるのです。
そこには報われた努力、報われない努力などという概念さえないのです。
プロとは結果を出すものです。
そこには頑張った経過なんていらないのです。
努力したという思いはいらないのです。
与えられている仕事をこなし結果を出す、シンプルにただこれだけでいいと思います。
そこに頑張った、努力した、評価される、されないというノイズが入るから自分がしんどくなるし、周りとの関係もスムーズにいかなくなるのです。
あまりにも必要ないノイズを私達は聴き過ぎています。
まずは自分のノイズキャンセリング機能を最大限に引き上げることから始めましょう。