イチオシ記事【2020年版】今医療事務員におすすめするきっと仕事に役立つ本3選 

【ホント!?】最近の新人は打たれ弱い?

いつの時代になっても世間のおじさん、おばさんは「最近の奴らは」「今どきの若い子は」という言葉を使いたがります。

私が若い頃も当時の年配者はそう言っていましたし、現在においても我々おじさん、おばさん世代はことあるごとにそういう言い方をしがちです。

その中でも特に耳にすることが多いのが「最近の新人は打たれ弱い」「昔に比べてメンタルがもろい」という言い方です。

しかしホントにそうなのでしょうか?

今回はこの点について述べていきます。

ごまお

「今どきの子ってさあ」って言ってしまいがち

【ホント!?】最近の新人は打たれ弱い?

結論

すべては大人たちの思い込みです。

暗中模索の新人教育

医事課に今必要なものの一つに教える人材があります。

多くの医事課において人不足は切実な悩みですが、もっと問題なのはその人材を教育する人材が不足しているということです。

せっかく新人が入ってきてもそこを教える中間層のボリュームがなければ、きちんとしたOJTは行なえません。

【現場の本音】OJTの意味は(O)おまかせ(J)自分で(T)トレーニング!?

また教育係の能力しだいで新人の成長具合も当然変わります。

そこには確実に上手い教え方、下手な教え方というのが存在します。

そもそも教育係自身が教え方を教わっていない。

ですので正解がないまま、自分の経験則にもとづいて自分なりに教えることになります。

しかしそこには自己流ではわからない正しいポイント、コツがあるのも事実。

新人が主体的に行動する!鉄板の新人教育術とは?【上手く教えるコツ】

そうやって試行錯誤を繰り返しながら新人教育は進んでいきます。

まさに暗中模索なわけです。

ラベリング

いろいろ試行錯誤してみたけれども新人がなかなか成長しない。

そうなったとき教えている側にはどういう心理が働くのでしょう?

ほぼ間違いなくいえることは、自分の教え方が悪かったとは思わないということです。

つまりは他責思考です。

自責思考 VS 他責思考、 仕事での正解はどっちだ?

私はちゃんと教えているのに成長できないのは、もうその人自身の問題でしょうということです。

これは大抵の人がそうなります。

そこにはメタ認知は効いていないわけです。

ですのでそうなるともうバイアスを取り除くことは不可能になります。

そして教育係の自己中な世界が展開されてしまうのです。

つまり自分の教え方は正しいという前提ですべての発言が行われるということ。

そうなってしまうと一番の禁句である「前にも言ったよね」までもが飛び出してきます。

新人教育には何が必要?【新人教育のコツとは】その⑤

「前にも言ったよね」を繰り返していると新人はもう聞けなくなります。

確認することが怖くなります。

そして確認せずに続けていると、どこかでやらかすということになってしまいます。

そしてやらかしてしまえば、先輩からこっぴどく叱られダメージを受けます。

さらにそれがきっかけで立ち直りが遅かったり辞めてしまうことになれば、「今の子は打たれ弱いね」という思いに至るのです。

これは簡単にいってしまえばおじさん、おばさんの思考停止です。

仮に辞めてしまった人がいた場合でも、「最近の子は打たれ弱い」「メンタルがもろい」というレッテルを貼ればそれで理由づけは終わります。

あとの細々した面倒くさいことは考えなくていい。

つまり事前に「今どきの新人は」というラベリングを行っているのです。

その個人個人を見るのではなくて、今どき世代をひとくくりで見ている。

これはかつていわれた「ゆとり世代」も同様です。

そういうラベリングをしてしまえば、それで答えが出てしまうのです。

要は「最近の新人は打たれ弱い」という発言は大人たちの保身以外のなにものでもないのです。

それはホントに超ざっくりした抽象論にすぎないのです。

本当に昔より打たれ弱くなっているか?

「いやそうではない。本当に打たれ弱くなっている」そういう人もいることでしょう。

ですがそもそもそれは何をもってそういえるのか?

自分の主観だけでしょ、そう思うのです。

そこに根拠らしい根拠はありません。

まず昔と比べることがナンセンスです。

仕事の環境、要求されているものの重要性が大きく異なっています。

医療事務は今でこそ電子化、効率化が進んできていますが、昔は超アナログな仕事のやり方でした。

伝票を入力する、紙レセプトを点検する、電卓で計算する。

その場合に必要なのはとにかくマンパワーです。

人手がいないと話にならない。

レセプト期間に残業が多くなるのはしゃーない、時間はかかってもいいのでとにかくやり終わってくれ。

それが昔のやり方です。

しかし今はまったく正反対です。

いかに効率化するか、生産性をあげるか。

そのために仕事において求められるスピードというのは昔に比べて増しています。

そして業務を効率化すればそこまで人はいらないということで、簡単に人数が増えることはありません。

人数の問題ではない、業務効率の問題だろというのが上の言い分です。

そうなると現場の一人ひとりにかかる負荷も当然強くなる。

そしてそのしわ寄せは新人にまでおよびます。

教育、指導する者自身が自分の担当業務で手一杯となり、きちんとした観察や指導ができなくなっている。

なのにその責任をすべて自分の能力のせいだと言われれば、そりゃあ新人も勘弁してくださいよと思うわけです。

そういった新人を取り巻く外部環境の比較もせず、新人個人の資質の問題にしてしまうのはあまりにも暴論です。

本当に昔より打たれ弱くなっているのか?という問いには、根拠のない決めつけです、という答えになります。

まとめ

今回の内容のようなことって結構あります。

そして私たちおじさん、おばさんはそう思ってしまいがちなのです。

仕事においては特にそうです。

なぜなら今まで長年やってきた自分の仕事を、もっといえば自分自身を否定したくないからです。

つまり、自分がやってきたことは価値があるものだと思いたい。

つらくてもそれを乗り越えてきた強い自分であると思いたい。

歯をくいしばって頑張ってきた自分のメンタルはなかなかのものだと思いたい。

そう思うには今の若い世代を否定するのが一番早い。

今の子を下に見ることで昔の自分がキラキラしたものだと思える。

なかなかにねじ曲がっています。

ですが私たちはそれを無意識にやってしまっている。

自分を美化することに必死なのです。

 

もっとそもそも論をいえば、昔も今も新人は打たれ弱いよ、ということです。

なぜなら社会人としての経験がないから、または今の職種に関する経験がないから。

経験値もないのに上手く対処できるはずがないのです。

その結果ノーダメージなわけがないのです。

そんな当たり前のことを大人たちは気づけない。

いや気づいていても、「自分はそうではなかった」と思い込んでいる。

いや間違いなくあなたもそうでした。

あなたも新人の頃は打たれ弱かったはずです。

それが普通なんです。

それがだんだんと経験を積み成長していく。

その中で心も成長しメンタルも安定していく。

誰もが通ってきた道です。

20年前の私が今新人として入ったとしても、やはり今の新人と変わらないはずです。

今の私はかなりの楽観主義でメンタルも超安定していますが、それはこの長い年月を経て形成されたものです。

だったら今現在の自分の価値観をそのまま今の新人の人たちに当てはめるのは、あまりにも酷な話なのです。

そんな自分が思うように動けるわけがないのです。

それが当たり前です。

ですがそこから動けるように教え育てていくことこそが重要なのです。

できないのはその人の資質の問題、今どきの子だから、というラベリングをするのは簡単です。

でもそれでは何も見えてこない。

まずはその人たちと同じ目線におりること。

昔の自分と比べることには何の意味もないと認識すること。

すべてのバイアスを取り除かないと人を教えることなどできないのです。

ごまお

昔の自分と比べることには何の意味もない

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